カテゴリ:高崎物語( 68 )

今日煙突の正体が明かされる。(高崎物語8)

今朝の東京は強風が吹きまくった。おかげでエライめにあった。
朝西国分寺駅で武蔵野線に乗り換えようとしたら、なんと強風のために運転を見合わせているとのこと。
西国分寺―(中央線)→新宿―(埼京線)→赤羽、と大回りをして高崎線に乗り継いだ次第。
休日だったので混雑していなかったのがせめてもの救い。これが平日だったら大変なことだったろう。
帰りも武蔵野線は間引き運転のため、武蔵浦和の駅で寒風吹きすさぶ中、20分近く待たされた。ふーー、寒くて長い一日だった。

さてお待たせ、前回確認できなかった「新町」の煙突。本日その正体を見届けてまいりました。

まず「新町駅」からご紹介。
東京から高崎線で行くと、高崎の二つ手前にある小さな駅だ。
駅の周囲にはこれといった建物なども無く、閑散とした印象だが、その割に乗降客は多い。それと駅前にタクシーがけっこう止まっている。?なぜ?確認は次回に。
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ここは駅の内外に立派な石庭がある。
まずは駅構内。
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外はこんな感じ。
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さらにダメ押し、歩道橋の下にまで、これでもかっ!と言った感じ。
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近くに庭石などで有名な「鬼石」という町があって、そこの組合だかなんだかが寄贈したようだ。

さて件の煙突。線路をはさんで駅舎の反対側に有る。こちら側はみごとになーんにも無い。
駅をまたぐ歩道橋の上から全貌を見渡す。
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いよいよ積年の夢が叶う。期待と不安を胸に門前に到着。
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やはり案の定、醤油工場だった。
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門の隙間から中をのぞくが、どうも操業しているような形跡が無い。廃業してしまったのだろうか。
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それにしても風格のある煙突である。
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高崎方面を振り返ると、榛名の山がゆったりと横たわっていた。
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余談であるが、「新町」にある洋菓子店・「ガトーフェスタ ハラダ」のお土産を時々いただく。ここのラスクは秀逸。
甘みやバターの風味などのバランスはもとより、何よりもラスクの生命である歯ごたえ、硬すぎず、やわらかすぎず、程よいパリパリ、サクサク感。
知る人ぞ知る銘菓といえよう。
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by katabami03 | 2008-02-24 23:24 | 高崎物語 | Comments(0)

高崎物語(7)

高崎の駅より東京寄り、二つ手前に「新町」と言う駅がある。この駅の西側に隣接して、一見醤油か味噌工場のような建物があり、その中に以前から気になっていたレンガ造りの煙突が立っている。
今日は帰りにそこが何であるのか確認することにした。
仕事を終えて高崎駅に着いたところ、なんとまあ、埼玉県内の人身事故の影響で高崎線は間引き運転の状態だと言う。ということは新町駅で途中下車すると、次の電車はいつ来るのか分からない。
途中下車→現地確認→電車が来ない→日が落ちる→上州名物空っ風→寒い→風邪をひく
とまあそんなことにでもなったら厄介なので残念ながら直帰することにした。

車窓から見た件の煙突。
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とまあご覧になったところは何の変哲も無い煙突だが、どーにも痒いところに手が届かないようなもどかしさを感じている。
いまわの際に「あの煙突は何だったのだろうか・・・?」なんてことを思いながら死ぬんじゃあやりきれないよね。
早いうちに確認したいものだ。

初冬、奥多摩の山々に沈む夕日にしばし心を奪われる。悲しいほどの神々しさ。
by katabami03 | 2007-12-09 22:26 | 高崎物語 | Comments(0)

高崎物語(6)

高崎駅の南側に「東西自由通路」というのがある。
駅の改札口が改善される以前は、東口と西口を結ぶ唯一の通路だったようだが、現在は駅の中央に広い通路が通っているので、人通りは余り多くない。
この自由通路、現在は音楽をやる若者達の解放区のようになっている。
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駅ビルの粋な計らい。
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群馬県は自民党の総理大臣を四人も輩出しているので、ガチガチ保守的な土壌かと思ったのだが、ここ高崎は存外開けた空気が横溢している。
ちょっと古い話だが、駅前の緑地帯で「竹の子族」や「ロックンローラー」が踊っていたこともあったし、駅ビルの向かいでフリーマーケットが開かれていたこともあった。

我が地元、池袋でも時々路上パフォーマンスが行われているが、少しハデにやると警官が止めさせにやってくる。新宿駅でもそうだったなあ。
何か悲しい光景だ。大道芸や路上音楽も文化の一部だと思うのだけど、なんで取り締まらなければならないのだろう。
質の悪いものは自然に淘汰されるだろうし、逆に未来のスターが生まれる可能性もある。
駅前広場、別に人様に大して迷惑をかけるわけではなし、いい芸も悪い芸もひっくるめて許容する懐の広さ、それが成熟した社会というものではないだろうか。

そんなことを思うと、高崎の若者は幸せだね。
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目指せ、未来のスター!
オッサンは応援しているぞ。
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by katabami03 | 2007-11-11 22:52 | 高崎物語 | Comments(0)

高崎物語(5)

今回は高崎城址を紹介しよう。

高崎は交通の要衝であっただけに、古くは室町時代頃から豪族や戦国武将たちによって治められていたところだが、本格的な城が築かれたのは江戸時代になってからのことだそうだ。
公民館の図書室にあるマンガで知った。
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西側は烏川の流れを利用して、南、東、北に堀をめぐらしている。
世情、世相が安定してから造られたためであろうか、堀の幅は以外に狭く、城壁も低い。これなら忍者でなくても容易には忍び込めるね。
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城壁の上は散策路になっている。
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高崎城址。
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跡地はかなり広く、中を道が何本か通っている。
(皇居の中に何本か道が通っている状態を想像してください。)

東側のお堀に沿って、いちばん南の一画には高崎市役所が建っている。いずれ別立てで紹介したい、立派な建物だ。

その上(北)の区画は公園と群馬音楽センター。
前の広場で青空ライブ、ブルーズバンドが熱演していた。
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つぎの区画も結構広いのだが、現在何か建設予定なのであろうか。
奥に見える高い建物が市役所、その手前の平べったいのが音楽センター。
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一番北にNTTのビルや公園がある。

ちなみに、城跡内は戦時中には大日本帝国陸軍の駐屯地になっていたそうだ。
こんな石碑もあった。
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以前桜の季節に来たことがあるが、お堀に散った桜の花びらがたいそう美しかった。公園内でははそこここで花見の宴が張られていた。
高崎市民の手近な憩いの場として親しまれている。

皇居もこんな風に開放してくれたらいいのにね。
by katabami03 | 2007-10-14 22:41 | 高崎物語 | Comments(0)

駅舎今昔。(高崎物語・4)

「美のかたち こころの器」展最終日で搬出があるために、お昼過ぎには東京に戻らなければならず、高崎市内を歩き回ることが出来なかった。
というわけで、今日は高崎駅を紹介。
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とまあ高崎市民の皆さんには申し訳ないが、最近はどこの駅も似たり寄ったりで、高崎も例外にもれず、機能・効率優先の駅ビルだ。
写真の左手には10階建てくらいの大きなホテルが隣接している。高崎物語の初回に紹介した「ダルマの詩」は左下、ちょうど歩道橋の陰になっている辺りにある。

初めて高崎に来たのは30年近く前だったが、そのときは車だったので、残念ながら古い駅舎は知らない。駅内の階段上に飾られた壁画(?)によって、かろうじて昔日の面影を想像するばかりだ。
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昔を知る人に聞いてみたところ、前橋寄りに馬がたくさん飼われていたらしく(軍用馬?)、風向きによって馬糞の臭いがヒドかったそうだ。

どこもかしこも経済優先、古い駅舎はどんどん姿を消している。長野の駅なんて大好きだったのに今はつまらないハコになってしまったものなあ。
古い駅にはその駅の、あるいはその街独特の空気みたいなものが漂っていて、駅がそのまま街の顔みたいだったりするが、新しい駅ビルではそんな雰囲気が感じられないのが寂しい。

たくさん見てきたわけわけではないのでハッキリとは言えないけれど、私が知っている限りでも、外国の駅など、その点実に深い趣に満ちている。
若い頃見たパリ北駅やアムステルダム駅などからは、歴史の重みとか年月が作り出した風格すら感じたほどだ。
欧州の駅が度々映画に出てきたり絵画に描かれたりするのもむべなるかな。

ひるがえって我が祖国日本を見てみると、ひたすら心寂しい風景が広がるばかりだ。
東京駅はかろうじて外観は残っているものの、どこかリアリティーが感じられない。
うまくいえないが、「仏作って魂入れず」みたいなものか。あるいはその国をリードする政治家や官僚の文化意識の違いがこんなところに出てくるんじゃないだろうか。

寅さんも以前の上野駅なら絵になるが、今の上野駅じゃあシャレにもならないよ。
by katabami03 | 2007-09-09 23:53 | 高崎物語 | Comments(0)

高崎物語(3)

若い頃よく貧乏旅行をした。行った先々の地方都市をぶらつくのも旅の楽しみの一つだった。
地方都市の繁華な通りやアーケード街は、たいがい○○銀座とよばれている。その○○銀座の衰退が著しいといわれて久しい。

今日は高崎中央銀座を歩いてみた。
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高崎駅の近くから前橋方向にかけて旧中仙道が通っている。古い写真を見るとかなり賑やかであった様子が伺えるが、今では御多分に漏れず、シャッターのしまった店や駐車場が目立つ。中央銀座は旧中仙道から50メートルほどの距離をおいてほぼ平行に通っている。
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七夕祭りの飾り付けがしてあり、華やかではあったが、日曜の午後にしては人通りがまばらだ。
人が集まっているので行ってみたら、縁日のような出店が出ていた。
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バナナの叩き売りやがまの油などの香具師も出て、その周辺は人だかりがあるが、少し離れると通る人も少ない。
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この映画館は今は閉館している。「ハリーポッター 秘密の部屋」の看板がかけられたままだ。4~5年前までは営業していたのであろう。哀感が漂う。
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自動車の普及やそれに伴なう生活習慣の変化は如何ともしがたい。しかし何か特色を見出して再生を図る道はあると思う。中央銀座の皆さん、知恵と元気を出してください。
by katabami03 | 2007-07-08 23:39 | 高崎物語 | Comments(0)

高崎物語(2)

毎月第二日曜日は高崎物語の日です。

今日はあいにくの雨降りで歩き回れなかったが、駅から徒歩2分のところに「豊田屋」という、以前から気になっている宿屋がある。そこを紹介しよう。
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以前はもう少し古びた感じだったが、道路拡張で後ろに引っ込んだときに化粧直ししたようだ。高崎は交通の要衝にあるために古くから交易で栄えた街だ。今でも周囲に新しいホテルがいくつもあるが、ここだけ時代に取り残されたようにぽつねんとある、いかにも商人宿といった感じが高崎の歴史を物語っているようだ。
豊田屋さんほど立派ではないものの、街道沿いを車で走っていると、少し前までは商人宿だったと思われる建物がそこここに散見できたが、最近はずいぶんと減ったなあ。

話は変わるが、高崎~八王子間に八高線、八王子~横浜間に横浜線と、関東平野の西縁に沿ってほぼ南北に鉄路が通っている。以前は随分面白いところに電車を通したなあ、と思っていたが、この沿線の歴史を知ったときは、暗いトンネルから明るいところにパッと出たような、そんな感じだった。そう、これは日本のシルクロードだったのだ。
桐生や前橋、高崎といった北関東一帯は蚕(絹糸)や綿の一大産地だったわけで、それが八王子に送られ、そこで織物にされる。(八王子は今でも繊維関係の業者が多い。)織物はやがて横浜に送られ、船に乗せられ外国に輸出されたわけだ。
これも古い話になってしまうが、20年数年前までは高崎の街を出ると桑畑がたくさんあったものだ。東京近辺でも、1970年頃までは多摩の青梅街道あたりは桑畑だらけだったそうだ。(これはスキー友の淵脇英一君から聞いた話。)

日本の産業の盛衰にしばし思いをはせる。あの「豊田屋」にも生糸の買い付けやら何やらの商人が泊まったのであろう。
by katabami03 | 2007-06-10 23:06 | 高崎物語 | Comments(0)

高崎物語(1)

今日は仕事で高崎に行ってきました。

行きの車中からいろいろあって、居眠りする間もなく楽しめた。
まず武蔵野線。休日の朝の武蔵野線はジャージ姿の高校生が一杯乗っている。大概はエナメルバッグを持っている。学校の名前入りのやメーカーのものだけど、最近のものはカラフルだね。あと、小物がぶら下げてあったりするのだけど、なかには手作りで「一心同体」なんて刺繍がしてあったりでなかなか良いのう。
高崎線では高校生応援団と出会った。顔にはまだ幼さが残っている子もいるんだけど、んまあ見事に絵にかいたような応援団であった。また、中学生サッカー軍団も賑やかだったなあ。一心不乱にコロッケパンにかじりついているやつなんかいて見飽きません。
写真を載せたいところだけど、肖像権の問題だのネット上で悪用されたりする可能性をおもうと残念ながら控えざるを得ません。悪しからず。
ともあれ若者よ、少年よ、ガンバレ!

そうこうする内に高崎に到着。
高崎はそれほど詳しいわけではないけれど、歴史が有る街だけあってそこここに東京には無い面白いものがあります。折々お伝えしていきましょう。
先ずは駅ビル壁面にドーンとそびえる大レリーフ「だるまの詩」。
なぜだるまかと言うと、高崎から安中方面に少し行ったところに少林山達磨寺というお寺があって、毎年正月の何日だかにだるま市が開かれます。
まだ関越高速道が無い頃、長野からの帰りにだるま市と知らず、えらい渋滞に巻き込まれたことがあったなあ。あと、我が家には駅で買ってきた小さい達磨が三個あるが、今のところ三連勝。いずれも両目真っ黒です。ご利益、大。
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ついでにもうひとつ。
高崎名物、たかべん。
左は鳥めし、右はだるま弁当。(数年前よりも質・味ともに良くなっています。)
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by katabami03 | 2007-05-13 21:55 | 高崎物語 | Comments(0)