早稲田今昔。

地下鉄早稲田駅のそばに「馬場下町」という交差点がある。
交差点の北西角には「一陽来復」で有名な穴八幡宮があり、江戸時代にこの付近に馬場が作られ、流鏑馬などが行われたところ。JR山手線等の駅名もこの地に由来している。
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穴八幡宮の対角、南東角に三朝庵という蕎麦屋がある、いや、正確に言えば「あった」。
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先日所用で早稲田に行き三朝庵の前を通りかかったら、次のような張り紙がしてあった。
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この付近には安価な飲食店が多く、蕎麦屋は学生の身には比較的高価でもあったため、在学中はあまり入ることはなかったが、卒業後は時々利用していた。
中には古い写真や芸能人、著名人などの色紙、様々なサークルの寄せ書き、ペナントなどが、ガラス張りにした壁一面に飾られていた。
5月か6月頃に入った時も、いつもレジにいる「三朝庵のおばちゃん」、と言っても80歳くらいになるのかなあ・・も健在で、古いなじみの客とおぼしき人と元気そうに話をしていた。その人はかなり親しい間柄と見えて、厨房にいた、おばちゃんの息子さんも出てきて挨拶していた。
そんなこともあったので、よもや閉店するとは・・まさに青天の霹靂であった。

高田馬場から早稲田周辺は再開発などがされていないため、店舗などは軒並み変わってきているものの、まだ昔の面影を拾うことはできる。
しかし三朝庵はランドマーク的な存在であっただけに、思い出の一つが大きく欠落するようで一抹の寂しさを禁じ得ない。




by katabami03 | 2018-08-23 11:55 | 私は思う。(日々雑感) | Comments(5)
Commented by うみうし at 2018-08-23 18:14 x
早稲田界隈は現役時代たまに車で通る程度でしたが、面影橋から出る都内唯一の路面電車、都電荒川線の姿に、学生時代住んでいた浅草小島町の都電停留所前の実家の思い出が重なります。その都電18番大塚行きの途中、清水谷停留所の前に今の連れ合いアートの実家があって、都電を使ったデートも懐かしく思い出します。
Commented by zooey at 2018-08-24 11:05 x
100年以上、五代の長きに渡って続いてきたお店が閉店とは残念ですね。
そしてドトールとか吉野家などの、よくあるチェーン店に代わってしまうのかしら?
町の個性がなくなっていくようで寂しいですね。
Commented by katabami03 at 2018-08-25 09:05
>うみうしさん
ああ、都電にはそんな思い出がおありだったのですね。
私も中学と大学時代は通学に利用していました。
昭和40年代、都内を網羅していた都電もいまは荒川線一つを残すのみ。
感慨も一入ですね。

>zooeyさん
昔ながらのお店も若干は残っていますが、多くはチェーン店、ファーストフード店、コンビニに取って代わりました。
時代の流れと言ってしまえばそれまでではありますが・・・。
Commented by 純イチロー at 2018-08-26 07:27 x
高田馬場の雑踏に、早稲田の静けさ。乱暴に言ってしまうとそれまでですが、十代の頃から事あるごとに通った街です。正に今昔の感がありますね。個人的に思い出深い場所としては、big boxでしょうか。
Commented by katabami03 at 2018-08-26 11:15
>純イチローさん
そういえば早稲田に近づくにしたがって静かになっていきますね。
今は夏休みで学生もほとんど見当たらないので、一際落ち着いた雰囲気が漂っています。
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