渡邊龍太郎。

・・・って誰だ?
何を隠そう、竹屋のワタリュウだ。

その名もズバリ、渡邊龍太郎商店。
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作品の素材用の竹を調達するため、川越街道沿いにあるこのお店に初めて立ち寄ったのが1997年。爾来、東京で竹作品を作る時は全てここで調達しているので、10年以上のお付き合いになる。

旧街道側から見る。
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この店に来始めた頃は、ここの若旦那はリフトアップしたデリカに乗っていて、顔がいつもこげ茶色のバリバリのサーファーだったが、今では所帯も持って子供も生まれ、職人姿も板に付いた、立派な竹屋の若旦那だ。
「二人目が3月に生まれてねェ、もうサーフィン、わすれっちゃったよぉ。」
なんて言いながら、とても嬉しそうだった。
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私が子供の頃には、まだ都内でもいたるところで材木屋や竹屋を見かけたが、ここ20~30年でずいぶん姿を消した。

物干し竿が樹脂や金属のものに取って代わられた今、竹の需要はないように思われるけれども、都内でも練馬区や板橋区あたりには庭の広い家がまだ数多く残っており、ワタリュウさんのところでも、造園やメンテナンスに忙しいようである。
ここが廃業してしまうと私も困るが、まだ当分は大丈夫そうだ。
by katabami03 | 2009-07-11 11:38 | 私は思う。(日々雑感) | Comments(2)
Commented by リン at 2009-07-11 23:45 x
昔は 確かに 近所にこういう光景 みかけました~。最近 なくなりましたね。材木屋さんとか たくさん あったのに。。。
先日まで 竹竿だった 実家も とうとう ステンレスに。
なんか さびしいですね。
Commented by katabami03 at 2009-07-13 22:48
>リンさん
ちょっとローカルな話題ですいませんけど、池袋のサンシャイン60はもとは東京拘置所(巣鴨プリズン)。で、向かいにある西友のところには材木市場があったんですよ。
昭和40年代、日本の高度成長とともに消えてしまいました。
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