高崎物語(2)

毎月第二日曜日は高崎物語の日です。

今日はあいにくの雨降りで歩き回れなかったが、駅から徒歩2分のところに「豊田屋」という、以前から気になっている宿屋がある。そこを紹介しよう。
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以前はもう少し古びた感じだったが、道路拡張で後ろに引っ込んだときに化粧直ししたようだ。高崎は交通の要衝にあるために古くから交易で栄えた街だ。今でも周囲に新しいホテルがいくつもあるが、ここだけ時代に取り残されたようにぽつねんとある、いかにも商人宿といった感じが高崎の歴史を物語っているようだ。
豊田屋さんほど立派ではないものの、街道沿いを車で走っていると、少し前までは商人宿だったと思われる建物がそこここに散見できたが、最近はずいぶんと減ったなあ。

話は変わるが、高崎~八王子間に八高線、八王子~横浜間に横浜線と、関東平野の西縁に沿ってほぼ南北に鉄路が通っている。以前は随分面白いところに電車を通したなあ、と思っていたが、この沿線の歴史を知ったときは、暗いトンネルから明るいところにパッと出たような、そんな感じだった。そう、これは日本のシルクロードだったのだ。
桐生や前橋、高崎といった北関東一帯は蚕(絹糸)や綿の一大産地だったわけで、それが八王子に送られ、そこで織物にされる。(八王子は今でも繊維関係の業者が多い。)織物はやがて横浜に送られ、船に乗せられ外国に輸出されたわけだ。
これも古い話になってしまうが、20年数年前までは高崎の街を出ると桑畑がたくさんあったものだ。東京近辺でも、1970年頃までは多摩の青梅街道あたりは桑畑だらけだったそうだ。(これはスキー友の淵脇英一君から聞いた話。)

日本の産業の盛衰にしばし思いをはせる。あの「豊田屋」にも生糸の買い付けやら何やらの商人が泊まったのであろう。
by katabami03 | 2007-06-10 23:06 | 高崎物語 | Comments(0)
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