浦島太郎だ。

所用にてJR京葉線の「稲毛海岸」というところに行く。
京葉線というのは、埋め立てでどんどんどんどん土地が沖の方に広がっていき、その結果、現在の海際に新たに敷かれた路線だ。

さて「稲毛海岸」。

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新しいきれいな街が広がり、近年計画的に開発された土地であることが見て取れる。
若い人たちにはここがかつては海であったことなど想像もできないだろう。
そもそもかつての海岸線はもっとず~~っと内陸のほうで、この辺りは1950~60年ころはけっこうな沖合だったところだと思われる。
少し東京寄りの、現在は幕張メッセで有名な「幕張」も、小学生のころ潮干狩りに来たところだ。
以前の海岸線近くを走っているJR総武線の駅から歩いて海岸まで行ったのだが、とてもひなびたところだったように記憶している。
干潟は子供の眼にははるかかなたまで続いているように思われた。そして帰りがけに海を見ると、潮が満ちてきて、先ほどまで陸(干潟)であったところが一面海になっていた。その時の驚きは鮮明に覚えている。

片側3車線の広い道が海の方に伸びている。

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海まで行ってみようかと思ったが、なぜか「見ない方がいいのかな」と思い駅に引き返した。
by katabami03 | 2015-04-28 21:46 | 私は思う。(日々雑感) | Comments(4)
Commented by 風うたい at 2015-04-28 23:32 x
白砂青松、汀が続く美しい浜辺の景観。懐かしいですね。その昔、鳥取砂丘の近くに住んでいたことがあり、太陽が沈むころ、干潟がゆっくり潮で満ちてゆく様子などを眺めるのが好きでした。その後旅で訪れたのですが、砂浜が後退し昔の面影はどこへやら、見なければよかったと思ったものです。
Commented by katabami03 at 2015-04-30 21:52
>風うたいさん
極論すれば、こうした開発がなければ今の生活も成り立たなかったのでしょうが、もういい加減に立ち止まって生活を見直すべきなのでしょう。
目先のニンジンではなく十年後、二十年後、あるいは私達の死後、私達の子孫が、私達が自然から受けたと同じ恩恵を受けられるような世界であってほしいと希う昨今です。

Commented by ポンちゃん at 2015-04-30 22:14 x
「谷津遊園」は、谷津干潟の横にあって、やはり駅から海が見えましたが・・・今は干潟が池のように残されて、野鳥の保護地になりました。真水なのか塩水混じりなのか、小生はずっと疑問に思っています。(笑)
「船橋ヘルスセンター」も、すぐ向こうは海でしたから・・
今風に言えば『マリン・リゾート』(爆笑)
ここのゴーカートはガソリンエンジン、レーン分けも無く、本気で競えた本格派。現在の安全一辺倒『子供だまし』ではありませんでした。まぁ、小学生の記憶だから、少し大げさですが、それでも大の大人が壁に突っ込んでいたのだから、当時は相当に楽しめたでしょう。
そんな所が、住宅地や商業施設に変わって、さらに沖合へ、埋め立てが進んでいきました。家業から見れば、不思議というか、「いいかげんなもんだな~」と子供のころから思っていました。止めはTDL?(この開発には、言えないことが多すぎて・・・謎)
そりゃ・・・液状化するなってのが無理。(苦笑)

最後に問題・・・船橋ヘルスセンターが在ったのは、現在のどこでしょう?
Commented by katabami03 at 2015-05-01 22:25
子供のころ時々叔父の車に乗せてもらって千葉の田舎に連れて行ってもらった。
京葉道路もまだない時代、夜、海際の街道沿いには何軒ものハマグリやアサリを売る店が電燈をともしていた。あれは船橋や谷津あたりだったのだろうか。
自分で運転するようになってからも、山梨ではブドウ、埼玉の深谷あたりではネギの、長野周辺ではリンゴの店が街道沿いに連なっていたが、高速道路やバイパスができてほとんど見かけなくなってしまった。
便利にはなったが情緒は失せた。
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