・・・夢のあと。(東北逍遥-3)

仙台でのいけばな展、後期初日、朝一で作品チェックをして、水を器の口元いっぱいにまで入れて、平泉に向かう。
新幹線利用で一関まで約30分、そこで在来線(東北本線)に乗り換える。
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平泉までは約10分ほど。
観光地にしては意外にひっそりとしている。
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駅舎内の観光案内所で周辺の見所などが描かれた地図をもらって、その中に書かれている「駅長さんのお勧め・平泉散策コース・」というのに従って歩き始める。

まずはじめに立ち寄ったのが「柳之御所遺跡」。
藤原秀衡の頃の遺跡と考えられているとのこと。
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奈良あたりの遺跡に比べると規模は小さいが、当時としては辺境の地であったにも関わらず、立派な建物があった様子がうかがえる。

そのすぐ近くには「無量光院跡」。
宇治の平等院を模して建立されたそうで、本家の鳳凰堂よりも一回り大きく建てられていたというから驚きだ。
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次に立ち寄ったのが、北上川を見下ろす小さな山の上にある「高館義経堂」。
この日はことのほか暑く、ヒーヒー言いながら登って行ったのだが、たどり着いた先は北上川を渡ってくる風が心地よく、山頂にひっそりと建つ小さなお堂や少し下にある芭蕉の句碑などに、しばし時の流れを想う一刻を過ごした。

北上川を見下ろす。
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義経堂
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芭蕉句碑
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さて平泉最大の見所「中尊寺」だ。
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国道から入ってすぐに「月見坂」とい参道を登っていく。
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この坂の途中にも小さなお堂がたくさんあり、そのどれもが小さいながら格調のある建物だ。

いくつかをご紹介。

弁慶堂
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薬師堂
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大みそかのゆく年くる年などでおなじみの「中尊寺本堂」。
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峯薬師堂
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さらに他のお堂や鐘楼や能舞台など、見所もたくさん。

讃衡蔵という新しい建物の中はいわゆる宝物殿のようなもの、それぞれのお堂の中に安置されていた仏像や装飾具などが展示されている。
大きな仏像が三体あるが、重厚ななかにもゆったりとした大らかな雰囲気はいかにも平安後期の作らしい。

そして金色堂。
極端にいえば、今回はこれを見に来たようなもの。
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この建物の中に金色堂がある。撮影禁止とのことでお見せできないのが残念。
安置されている仏像はもとより、まわりの装飾や御堂そのものまでが金で覆われている様は一見成金趣味のようだが、工芸技術の精巧さやその完成度の高さという意味では、美術工芸の粋を集めた作といえよう。

この後平泉のもう一つの名所である「毛越寺」をまわる。
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ここは平安時代の庭園が残されていて、いかにも平安の雅を思わせる光景がひろがる。
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奈良や京都の寺社仏閣などで、塀の向こうに住宅があったり、遠くにビルや鉄塔などがあるのを見てしまったとき、ちょっと興ざめしてしまったりするものだが、ここはそういう堯雑物がまったくなく、現実に引き戻されることもない。
ほんとうにゆったりとした時間が流れている。


東北、平泉という地に平安時代末期~鎌倉時代のわずかの間に、このような文化が花開いたことに、ただただ驚愕するばかりであった。

普段は自動車で移動することが多いrisiだが、歩いて移動する限り原始人も義経も私もそうたいした違いはないはずだ。
歩いているかぎり、その場所では当時の人たちと同じ時間を共有しているということなのだろうなあ。
東京にいては考えられないような悠長な時間の流れだが、なんと満ち足りた時間であったことか。

それにしてもよく歩いた一日だった。
by katabami03 | 2010-06-14 18:02 | 旅・山 | Comments(0)
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